今年7月2日に大阪府堺市で、車を運転していた男性が、自車を追い抜いたバイクをあおった末に追突し、大学生の男性を死亡させた事件があり、大阪地検は、昨日(7月23日)加害男性を殺人罪で起訴したという報道がありました。
あおり運転といえば、昨年10月の私のブログでも取り上げましたが、東名高速道路で、加害者が被害者に注意され「むかついて」被害者の車の進路を塞ぎ、追越し車線で無理やり停止させた上、自ら降車して被害者の車のドアを開けさせ、被害者を車外に引きずり出そうとしていたところ、被害者の車に後続のトラックが追突して被害者と同乗していた奥さんが亡くなり、同乗していたお嬢さん2人も軽傷を負った事件がありました。この事件はその悪質さから、社会的に大きく議論を呼び、横浜地検は、加害者を「危険運転致死傷罪」で起訴しました。その後、あおり運転への対策強化が図られていたのですが、あおり運転はその後も頻発しているようで、またもやこのような事件が起きてしまいました。
昨年の東名高速の事件で議論を呼んだのは、逮捕容疑が自動車運転死傷行為処罰法の「過失運転致死傷罪」という法定刑が比較的軽い罪(7年以下の懲役もしくは禁錮、又は100万円以下の罰金)で、その行為の悪質さと生じた結果の重さに見合わないので、「自動車運転過失致死傷罪」より罰則の重い殺人罪(死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)や自動車運転処罰法の「危険運転致死傷罪」(致死罪なら1年以上の有期懲役で上限は20年、致傷罪は15年以下の懲役)の適用をすべきではないか、ということでした。
東名高速の事件は、加害者が直接被害者の車に衝突した訳ではありませんし、前方に割り込むなどした「妨害運転」のために、被害者が運転を誤って事故を起こして死傷した訳でもありませんでした。妨害運転の結果、被害者も加害者も一旦停止し(その時点では死傷結果は生じていない)、加害者が降車し、被害者を引きずり出そうとしているところへ、後続車が衝突したという流れで生じたもので、直接事故を起こしたのは後続車で、加害者が一旦降車して被害者に暴行を振るうなかで、つまり、加害者が運転していないなかでの事故ですから、「妨害運転」から死傷結果が生じたのではない、つまり、妨害運転と事故との間に、一旦停車して加害者が降車し、被害者を引きずり出そうとしていたという中間の行為が挟まっているところです。
これを殺人罪として問うとすると、妨害運転をしている時点で殺意があることが必要となりますから、加害者が初めから被害者の車を無理矢理停車させて、後続車に追突させて死亡させるつもりで行動したか、少なくともその危険な運転で被害者の運転を誤らせて死亡させるつもりだったとしなければならず、これはさすがに無理があるところでした。
そこで、東名高速の事件では、次に重い危険運転致死傷罪で起訴したのですが(それですら法律家的には結構悩ましいのは、昨年のブログで述べたところです。)、今回の堺市の事件では、加害者の車自体が直接被害者のバイクに追突して死亡させているので、東名高速の事件のような中間のややこしい問題はありません。
高速で走行中に「わざと」追突したのであれば、特に被害者はバイクですから、それ自体死亡の危険が極めて高い行為であり、強固な殺意とまではいえなくても、被害者が死んでもそれは構わないという程度の、いわゆる未必の殺意があったということは十分可能です。
そうすると、この事件では、「わざと」追突したのかどうか、がメインの争点となると思われ、その意味では東名高速の事件とは異なります。
しかし、だからといって、直接衝突するタイプのあおり運転事件が簡単という訳ではありません。
「わざと」追突したというのは加害者の主観的な内心であり、これを客観的な行為や状況によって証明する必要があるのですが、あおり運転といっても、「わざと」ぶつかるつもりで運転するとは限りませんし、まして、殺意まであるケースは稀でしょう。そうすると、加害者が、「ぶつかるところまではしないつもりで、あおり運転をしていたが、距離や速度の確認、ハンドル操作を誤ったために追突した」、という言い訳をしたときに、それは常識的にあり得えないと否定しきれるかどうか。
今回の事件は、加害者の車両搭載のドライブレコーダーや、他の車両のドライブレコーダーの録画により追突するまでの詳細な経過や状況が客観的に補足できていることと、録音されていた加害者自身の発言によって、殺意を持って「わざと」追突したと判断できると検察官は決断したようです。
これを裁判所が最終的にどう判断するかは別として、ドライブレコーダーがなければ、わざとぶつかったかどうかを裏付ける客観的な状況自体が明らかにできないでしょうから、そもそも殺人罪での立件・起訴は無理だったと思われます。
ドライブレコーダー(さらに、防犯カメラの映像もそうでしょう)は、通常の自動車事故レベルでも安全対策や立証方法として既に重要なものとして認識され始め、バス事業者など一部義務化の動きも出ていますが、今回のようなケースをみると、あおり運転対策としても、極めて重要なものといえ、将来的には全車的に搭載義務化が図られるかもしれません。