先月21日に公職選挙法違反(買収・事前運動)事件で有罪判決を受けた河井案里参議院議員が今月3日に辞職届を参議院に提出し本会議で許可されて同日付で辞職しましたが、河井案里さんは2019年7月の当選後、参議院に僅かな日数しか登庁しておらず、逮捕勾留されていたこともあって、実質上議員活動をしたとは思われないにも関わらず多額の議員報酬(諸手当も含めて、逮捕後だけでも2千万円超ということです)が支給されていました。
これについては非常に納得がいかない話で、批判が集まっており、国会でも先頃取り上げられていました。
これは現行制度の欠陥といわざるを得ません。
現行の国会法では、議員が被選挙権を失ったときは「退職者」になると規定されており(同法109条)、公選法違反有罪判決確定により被選挙権を失った場合も「退職者」として扱われることになります。
そして、国会議員報酬について定める歳費法は
「第4条 議長、副議長及び議員が、任期満限、辞職、退職又は除名の場合には、その日までの歳費を受ける。
2 議長、副議長及び議員が死亡した場合には、その当月分までの歳費を受ける。」
「第5条 衆議院が解散されたときは、衆議院の議長、副議長及び議員は、解散された当月分までの歳費を受ける。」
と定め、文書通信交通滞在費、期末手当についても同旨の規定(同法11条、11条の2)を定めていますが、ここに挙げた任期満限、辞職、退職、除名、死亡、衆議院の解散の場合以外に、議会への出席の有無や議員としての活動内容等により歳費等を支給しない場合を定めていませんし、在職中一定の事由があるときに支給停止ができることも定めていません。
そのため、仮に逮捕勾留されて出席していなくても、議員としての活動状況に見るべきものがない場合でも「退職」の日までは歳費等は支給されるというのが公的な解釈かと思われます。
実質的にも、勤務時間や超過勤務手当等がなく,また国会外での活動(銀座への同伴は除く)も多いなど、その勤務態様が一様でない国会議員の職務の特殊性からすれば,具体的な勤務の対価としての報酬というのは相関関係が分かりにくく、評価も困難という面があるでしょうし、更に逮捕勾留された場合は、有罪判決が確定するまでは無罪推定が働くことから、その間は逮捕勾留されて議会に出席していないことを理由に不利益に扱うわけにはいかない、というのも理由にされることがあります。
地方議員の場合も同様で、地方自治法は、地方議員報酬について「普通地方公共団体は,その議会の議員に対し,議員報酬を支給しなければならない。」(同法203条1項),地方議員の期末手当について「普通地方公共団体は,条例で,その議会の議員に対し,期末手当を支給することができる。」(同条3項)とそれぞれ規定した上で,地方議員報酬等について「議員報酬,費用弁償及び期末手当の額並びにその支給方法は,条例でこれを定めなければならない。」(同条4項)と規定するにとどめています。
そして、条例では、国会議員の報酬について定める歳費法にならって、地方議員が,任期満了,辞職,退職,失職,除名,地方議会の解散又は死亡によりその職を離れた場合以外に,議員報酬等を支給しない場合は定められていないケースが多く、支給停止についても定められていないことが多かったのです。
そのため、そうした条例しか持たない地方自治体では、地方議員が逮捕勾留されて、その間議員活動ができなかったとしても、議員報酬は変わらず支給されています。
これに対して違法な公金支出だとして返還を求めたりする裁判が提起されることもあるのですが、海外で身柄拘束された地方議員への報酬支給について、条例で任期満了,辞職,退職,失職,除名,議会の解散又は死亡によりその職を離れた場合以外に,議員に対して議員報酬等の支給をしない場合が定められていないときは,その支給は違法ではないとする判決が出ています(名古屋地判平成27年9月17日)。
もっとも、逆にいえば、条例で、地方議員報酬を支給しない事由や支給を一時停止できることを定めれば、こうした不合理を回避することも可能と考えられ、そのため、地方自治体によっては、刑事責任を問われた地方議員らに対する報酬支給の停止手続や返還に関する規定を条例の中に設けているところが近時増えているようです。
なお、裁判例の中には、当選人自身による買収罪の場合を定めた公職選挙法251条は,「当選人がその選挙に関しこの章に掲げる罪・・・を犯し刑に処せられたときは,その当選人の当選は無効とする。」とし,何らの留保なく,当選が「無効」になることを規定してていること等から、「公職選挙法251条による当選無効の場合には,遡及的に当選の効果が失われ,当該議員は,初めから議員としての地位を取得しなかったことになるものと解され」,公職選挙法251条により当選が無効とされ初めから議員としての身分を取得しないものとされた議員が,議員報酬及び期末手当を取得する法律上の根拠はない」としたうえ、「被控訴人が,新任期中に「議員活動」を行い,これによりY市に利益をもたらしたことがあるとは到底認められず,「当選無効により失職した議員が提供した勤務と地方公共団体が支給した報酬その他の給付は,一般的には均衡している」との被控訴人の立論は,本件における被控訴人の新任期中の勤務と本件報酬等との関係には,その基本において全然当てはまらないといわざるを得ない。したがって,被控訴人は,対価となるべき「議員活動」を行わず,何ら議員としての資格を有しないのに本件報酬等の支給を受けたものであり,これを要するに,被控訴人が支払を受けた本件報酬等は,法律上の原因なくして利得したものといわざるを得ない。」として、元地方議員に不当利得として123万円余りの返還を命じたものがあります(東京高判平成13年11月28日)。
この判決は、当選無効の効果が当選時に遡って生じるとするところが肝で、気持ちとしてはよく分かりますし、理論構成も苦心しているのですが、当選後に現実に議員として存在し、また、何らかの活動もしており、それに基づいていろいろな事象が生じていることからすると、その解釈自体疑問もあり、一般的に通用するかどうかですね。
これはやはり立法府が立法的に解決するのが本筋の問題であり、しかも、ずっと昔から指摘されていた問題ですので、本当は国会自体が先んじて、立法的にこうした不合理に対処すべきなのですが、地方にも後れをとっている状況で情けない話です。
また、それなら議員報酬を自主返納せよ、という話もあり、現実的には自主返納させたほうが事後的な調整や処理が容易になりますし、例えば議員が公選法違反で起訴されたような場合は、議員報酬の自主返納ができたほうが有利な情状として使えますので、議員自身にもメリットがあるのですが、自主返納は公職にある者等の寄付を罰則をもって禁止した公選法199条の2との関係で現行法のままでは限界があると考えられています。
何で自主返納が寄付なのか?と疑問に思われるでしょうが、ここでの寄付とは、選挙の公正を守るために、金銭その他財産上の利益の供与、交付で、かつ、債務の履行としてなされるもの以外をいうというように広めに定義されています(公選法170条2項)。
議員報酬の支払自体が法的根拠がなく、貰った議員が不当利得としてこれを返すべき債務を負うのであれば、自主返納は債務の履行ではなく、したがって、公選法上の「寄付」にはならないのですが、議員報酬の支払自体に法的根拠があり違法ではないという前提に立つと、その返納は債務の履行ではありませんから、理屈上は公選法上の「寄付」に当たってしまうわけです。
2019年に参議院議員の定数を増やしたときに、それにより増加する経費の節約を目的として、令和4年7月末までは参議院議員が支給を受けた歳費の一部に相当する額を国庫に返納する場合には、当該返納による国庫への寄附については、公選法199条の2は適用しないという改正がされていますので、一定の場合の自主返納に公選法199条の2を適用しないとする手当はそれほど困難ではないと思うのですが、これも手がつけられていません。もちろん、自主返納は二次的・三次的な問題で、議員本人に返納を強制できず、その自主的判断に任されてしまいますので、根本的な解決にはなりませんけどね。
なお、河井さんが失職ではなく辞任となると、退職金はどうなるのか?と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、国会議員や地方議員には現時点では退職金はありません(安倍さんが昨年総理大臣を辞められたときに退職金として900万円足らずが出たと聞いていますが、これは議員としてのものではありません、大臣や地方の首長には、議員としてではなく、特別職の国家公務員・地方公務員としての退職金がありますので、混同なさいませんように)。
国会法36条で「議員は、別に定めるところにより、退職金を受けることができる」とされ、かつてはこの規定を元にした議員年金制度として、国会議員を対象とした「国会議員互助年金」と、地方議員を対象とした「地方議会議員年金」の2種類があり、国会議員は10年以上、地方議員は12年以上在職していると65歳から国民年金にプラスして支給されていたのですが、特別扱いとの批判を受けて、国会議員互助年金は2006年に、地方議会議員年金は2011年に廃止されました。議員さんからは復活させたいという声もあるようですが、ともかく現時点ではありませんし、河井案里さんは政府の役職にも就いていませんでしたから、いずれにしても退職金はないことになります。
以 上