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弁護士ブログ「木村花さんを悼む ネットの匿名での誹謗中傷はなんとかならないか」甲斐野正行

2020.05.26

 女子プロレスラーの木村花さんが今月23日に亡くなられ、それがSNS上の誹謗中傷を苦にしての自殺ではないかと取り沙汰されています。
 台本のないリアリティ番組が売りのフジテレビ「テラスハウスTOKYO 2019-2020」に、シェアハウスする6人の男女の一人として木村さんが出演しており、その番組第38話で同居人の男性に激怒した言動にネット上でバッシングがあり、それが原因ではないか、ということです。

 母子2代の女子プロレスラーであり、ヒール(悪役)として人気も出てきたところでしたので、とても残念であり、その冥福を祈らずにいられません。

 もちろん、ヒールだからといって、人間として悪人だということではないことは当然です。
 今更ですが、プロレスに詳しくない方のために敢えて説明すると、プロレスは興業として一定時間内で観客にスリルや興奮等を味わってもらう必要がありますから、本当の真剣勝負ではありません。ガチの勝負は地味なものになりがちで、巡業を前提にすると、一定期間毎日、一定時間の枠内で常に面白いものを提供するのは困難です。そのため、どちらが勝つかや、場合によっては決まり手までの流れなども予め決めていて、そこに行き着くまでの試合の流れを選手が各自の演出力でショーアップするわけです。そして、より観客の興味を惹くには、選手同士の関係性や因縁などを作り上げること(業界的には「アングル」などといいます。)が有効であり、特に戦後間もない時期では、アメリカと日本は第二次大戦の敵国同士でしたから、日本での興業では、アメリカ人の選手は悪役になり、日本人選手は善玉という役回りを演じても、アメリカでの興業では、その逆という役回りをすることは当然でしたし、アメリカ人同士なら、一人の女性マネージャーを取り合う関係だという演出をしたりということもあります。新日本プロレスでは、長州力選手の藤波選手に対する「俺はお前の噛ませ犬じゃあねえ」発言からの維新革命もそうしたアングルの1つでした。
 

 ところで、テラスハウスの中で木村さんが激怒した経緯は、木村さんのプロレスコスチュームが入ったままの洗濯機を同居男性が知らずに回してしまい、更に自分の洗濯と一緒に木村さんのコスチュームを乾燥機に入れてしまったため、コスチュームが縮み、着用困難になってしまったため、木村さんがこれにマジギレしたというもの。

 台本のないリアリティ番組を謳っていても、現実にはどういう状況でどういう流れで進めるくらいのものが最低限ないと、放送に値する面白い内容が撮れるはずはありません。予算が少ない昨今のTV事情からすれば、無駄や二度手間は避けたいはずですから、台本もなく、木村さんのような演技の素人が入った6人がするがままに任せるというのはおよそ考えにくいことは分かるはずです。従前から、同番組には「やらせ」疑惑があったようですが、疑惑も何も、元々そうしたものであることは当たり前ではないでしょうかね。
 上記のプロレスの文脈で考えていただければ分かりやすいかと思います。
 
 木村さんに対するバッシングとして投稿されたコメントとして報道されているものを見ると、木村さんの人格を真っ向から否定する内容であり、およそそうした文脈を理解せずに、あるいは、むしろ理解した上で悪意で敢えて、演技としての木村さんの言動について非難するものと思われます。

 ドラマや映画でも、昔から、出演者をその役の人物と混同して非難する人がよくいて、特に悪役専門の俳優さんは苦労されたという話があるわけですが、ネット社会では、なまじ自分でSNSの窓口を開いていると、匿名の悪意が始終流れ込んでしまい、そのダメージは極めて大きなものになってしまうことがあるのです。

 当然、このような人格否定が許されてよいはずはないのですが、これに対する対策としてはなかなか十分なものが用意されていません。

 ネット上で、誹謗中傷や名誉毀損、プライバシーを侵害するなどの書込みがされた場合、これは匿名アカウントで行われるのが通常ですから、これに対応するには、まずはその人間を特定するために発信者情報開示請求を行い、その上でその書き込みの削除等を求めるなどの手続を自ら行う必要があります。
 しかし、現在の「プロバイダ責任制限法」では、そのための手続が煩雑で被害者側の負担が大きく、泣き寝入りするケースがほとんどです。

 今回の木村さんの事件が契機となり、見直しを求める動きが本格的になりつつありますが、従前から繰り返し言われてきた問題であり、遅きに失した感があります。

 次回以降、もう少しこの辺りを見ていきます。
                                    

                                               以 上