3月8日に、民事裁判のIT化に関する民事訴訟法改正法案がついに閣議決定されましたが、それとともに、刑法についても改正法案が閣議決定されました。
改正法案の主な内容は、以下のところです。
① 侮辱罪の厳罰化
木村花さん事件など大きな社会問題となっているネット上の誹謗中傷に対応できる犯罪類型としては「名誉毀損罪」や「侮辱罪」があるのですが、名誉毀損罪は不特定又は多数人が認識し得る状態で、具体的な事実(例えば、誰々は脱税しているなど)を挙げて対象者の名誉を侵害する場合のもの、侮辱罪は、不特定又は多数人が認識し得る状態で、具体的な事実を挙げないで、対象者の社会的評価を貶める評価的な言葉(「あいつは馬鹿だ」とか「あの店の料理はまずい」など)を言ったり書き込んだりする場合です。
ネットの誹謗中傷は必ずしも具体的な事実を挙げるわけではなく、対象者を貶める評価的な言葉であることが多く、そうすると、名誉毀損罪ではなく、侮辱罪で対応するしかありません。
ただ、現在の侮辱罪の法定刑は、拘留又は科料であり、刑法での犯罪類型中、法定刑が最も軽いものです。
「拘留(こうりゅう)」とは1日以上30日未満の期間、刑事施設で身柄を拘束する刑罰で、「科料(かりょう)」とは1000円以上1万円未満の金銭の納付を命じる刑罰であり、いずれも執行猶予はつかないものの、実刑になったとしても、とても軽いので、誹謗中傷により被害者が受けた打撃の大きさに見合うか疑問があるケースが多いでしょう。
木村花さん事件はその典型かと思います。
そこで、今改正法案では、侮辱罪の法定刑を「1年以下の懲役・禁錮」又は「30万円以下の罰金」に引き上げることにしました。これに伴って、公訴時効も現在の1年から3年になります。なお、この厳罰化は改正法公布から20日後施行予定とのことで、②でみる懲役と禁錮の一本化の施行が公布後3年予定とされていて、それまでは懲役・禁錮という刑罰が残りますので、侮辱罪の法定刑としても1年以下の懲役・禁錮という形になります。
これでもまだ軽いという方もいらっしゃると思いますが、他の犯罪類型との兼ね合いもあり、侮辱罪だけ一気に引き上げるのもなかなか難しいところです。
② 懲役と禁錮の一本化
次に、現在の刑罰のうち、刑事施設に身柄を拘束する刑罰として、刑務作業が受刑者に義務として課される懲役と、義務ではない禁錮があるのですが、今改正法案では、これを拘禁刑として一本化し、受刑者に応じて、その改善更生のために必要な作業や指導ができるようにすることになります。
現在の懲役と禁錮は、刑務作業の有無で区別され、刑務作業が義務となる点で懲役のほうが禁錮より重い刑罰とされていますが、自由がない状況で、何もしないで過ごすよりは作業であっても何かしていたほうがいいというのが人間ですし、手に仕事をつける助けにもなり、些少ながらも作業報奨金が出ますので、禁錮刑になった人でも刑務作業を希望して行う受刑者は8割方にのぼるといいます。
現代では、労働を苦役と位置づけるのもおかしいといえますから、その意味でも、懲役と禁錮を分けて設ける理由は乏しいといえます。
また、禁錮刑が定められている犯罪は、沿革的に重い内乱罪などいわゆる政治犯・思想犯とされる類型や、過失致死傷罪などの過失犯である一方、犯罪として典型的な殺人罪や強盗罪、窃盗罪などは懲役刑が法定されています。
このような差異は、殺人や強盗などは、道徳的倫理的に非難されるべき動機による犯罪であり、過失犯や思想犯などは動機の点で道徳的倫理的に非難することはできないこと(過失犯はそもそも動機のある故意犯罪ではありません)による区別に由来するといわれます。
業界的には、前者は、破廉恥(ハレンチ)犯と呼び、後者は非破廉恥犯といいます。
これは弁護士でも勘違いしている人が多いのですが、ハレンチ犯といっても性的な犯罪という意味ではありません。
ただ、永井豪先生のハレンチ学園で流行語化したこともあって、現在ではハレンチ=性的な意味で用いられるのが一般化した感もあり、本来的な意味で破廉恥犯という言葉の意味が通じにくくなっているのは事実でしょうし、動機での区別というのも分かりづらいところがあります。
そうすると、理念的にも、受刑者の更生という刑罰の目的や便宜の点でも、懲役と禁錮を分けて置いておく必要はなく、むしろ、自由刑として一本化して、受刑者の特性に応じた柔軟な処遇ができるようにしたほうが、受刑者の更生や円滑な社会復帰に資するといえます。
ただ、いずれにしても、受刑者の更生のためには、受刑者に対してどれだけ実効的な更生プログラムを提供できるのか、が問題で、そのためには予算や人的物的設備が相応に必要ですが、現状は残念ながら十分とはいえません。
そういった点も含めて改善していくために、今改正がきっかけになってくれればよいのですが。