今月16日に女優の沢尻エリカさんが合成麻薬所持の容疑で逮捕され、世間を驚かせましたが、これについては、総理大臣主催の「桜を見る会」が安倍首相による私物化として批判され政局化するなかでの事件だったせいか、「安倍政権が国民の関心をそらすために、逮捕を今の時期にぶつけたのではないか」「次期逮捕予定者リストがあって、誰かがゴーサイン出してる」などということがネット上で広まり、著名な文化人や芸能人がツイッター等で同旨の陰謀論を展開しています。
しかし、沢尻さんのような薬物の所持事犯を検挙するには、現に薬物を所持しているところを抑えることが必須ですが、被疑者側も捕まりたくないわけですから、薬物は分からないように隠しているのが普通であり、令状をとってガサをかけたり、身体検査をしても、薬物がみつかるとは限りません。ちなみに、薬物使用については尿検査が決め手の証拠ですが、これにしても、尿に薬物成分が出る時間的制限がありますから、疑わしい人物から採尿して検査したところで、使用した時期との関係で陽性反応が出るとは限らないのです。
空振りに終わると、被疑者は警戒して、それ以降の捜査が困難になりますし、えん罪だと騒がれて、捜査機関のメンツも潰れます。
ですから、捜査機関としては、念入りに準備し、時間を掛けて張り付くなどして、マークした人物が薬物を所持している蓋然性が相当高いタイミングと場所を選んでガサや身体検査をかける必要がありますが、これもその時々の状況で刻々と変わりますから、疑わしいからといって、簡単に検挙できるものではないのです。
これは、他の犯罪でも逮捕しようとすれば、同じような状況がありますし、既に確たる証拠を確保していながら、政治家の都合のために検挙することもなく、寝かせておくというのは、捜査現場で、まさにブラックな労働環境で仕事をしている捜査官がついてこないでしょう。
そうした捜査の実情を考えれば、次期逮捕予定者リストを作ろうにも、刻々と変わる捜査現場の状況に対応できるはずはなく、作ってもいざというときに機能しないことは明白です。
それにそもそも過去にいろいろ芸能人が逮捕されましたが、それで政局から国民の目をそらせたことを実感するようなことが現実にあったでしょうか?
上記の言説は、結局、世の中のすべての不幸は「それによって利益を得るであろう悪の張本人」のしわざであるという、いわゆる「陰謀史観」「陰謀論」というやつです。
陰謀史観は、典型的には、ユダヤ人が紀元前の時代から世界の政治、経済、軍事を支配し、強く影響を及ぼしていた事に端を発する、あるいは、その計画どおりに世界の事象が進められているというユダヤ陰謀論で、およそあり得ない馬鹿馬鹿しい考え方なのですが、現実にはそれを信じる人は多く、ナチスやスターリンによるユダヤ人迫害の理論的根拠として利用されています。
内田樹さんは、「この解釈(陰謀史観)を採用する人々に「私は他の人たちが知らない世の中の成り立ちについての“秘密”を知っている」という全能感を与えてしまう。そして、ひとたびこの全能感になじんだ人々はもう以後それ以外の解釈可能性を認めなくなる。」と仰っていますが(https://blogos.com/article/17943/)、今回の件について安倍政権の陰謀であるという文化人や芸能人のツイッターを見ると、まさにそのような感じがします。
陰謀史観は思想の右左を問わず、また、相当教養があるはずの人にとっても、非常に魅力的なようで、あとを絶ちません。
しかし、陰謀史観は、裏付けもなく、何かに、あるいは誰かに原因や責任を押しつけて思考停止する非常に無責任かつ非倫理的なもので、これが広がると、ユダヤ陰謀論などをみても分かるとおり、その害悪は極めて大きなものになります。
そうした陰謀史観にはくれぐれも嵌まらないようご注意を。
以上