前回パート1では、医師法19条1項が「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と医師の応召義務を定めているが、この正当事由とは何か?が問題であり、医師の働き方以前に、個別の患者との関係で医師や医療機関を悩ませているというところまで書きました。
この義務は、医師と国家の間の問題(公法上の義務といいます)と理解され、本来は、医師という特殊な立場に課せられる倫理的な義務というべきものだったと思われますが、かといって、医師と患者との間の私法上の関係に全く影響がないとはいえません。
医師や病院が何らかの理由で患者の診療を断り、その結果、患者に何らかの損害が発生したときの賠償責任の根拠として、医師法19条1項の「正当事由」の有無が問題とされるのです(たとえば、神戸地裁平成4年6月30日判決・判例時報1458号127頁)。
欧米では、必ずしも一方的に医師が応召義務を負うわけではないようで、患者が医師を選ぶ権利があるのと同様に医師も患者を選ぶ権利があるという国もあるようですが、日本では、かなり厳しくこの応召義務が理解され、運用されてきました。
厚生省の見解として、診療を断ることができる「正当事由」と認めているのは、
1.医師の不在または、病気等により事実上診療が不可能な場合(S30.8.12 厚生省医務課長回答)
2.天候不良で、事実上往診の不可能な場合(S24.9.10 厚生省医務局長通知)
3.手術中など患者を収容しても適切な処置が困難な場合(S39.10.14 厚生省総務課長通知)
などで、正当事由が認められるのはかなり極めて例外的なように思われます。
他方、
① 診療費の不払いや診療時間外であることはその患者の状況次第では診療を拒むことはできないとされ(S24.9.10 厚生省医務局長通知)、
② また、医師が病気等でも、その程度や状況次第では正当事由に当たらないとされる可能性があるとされます(S30.8.12 厚生省医務局医務課長回答)。
この通達の年代や「厚労省通達」ではなく「厚生省通達」であることから、やけに古いものが生きているなあ、と思われるでしょう。
確かに戦争からあまり時間が経過していない時代は、日本全体が荒廃していて、医師や病院も極めて少なく、特に地方の医療を維持する上では医師の献身的な努力に依存せざるを得なかったということかもしれません。
ただ、このような献身的な努力を前提に医師の勤務を設計すると、その負担は、精神的にも肉体的にも莫大なものになり、過重労働となるのは必然です。
また、最近は、診療を受けながら診療費を支払わない人や、不当なクレームを言い募るモンスターペイシャントが増え、このような人たちへの対応も医師や病院の大きな負担になっている現実があり、このような人たちにも医師は応召義務を厳格に履行しなければならないのか、診療を拒絶できることは当然ではないか、という議論があります。もちろん、医療は手遅れになっては、その結果が取り返しのつかない重大なものとなるため、どうバランスをとるかが難しいのですが。
こうしたことから、医師法19条1項の応召義務はもっと柔軟な解釈や運用がされるべきという議論が従前からあったのですが、厚労省はあまり積極的にこれを解決しようという姿勢はなかったように思われます。その意味では、働き方改革は、応召義務の解釈運用の改善の大きなモーメントになってもらいたいですし、その法的な整理を明確にしないと実務的に動かしていけないのではないかと思います。
なお、「医師の働き方改革に関する検討会」(以下「検討会」)が今年2月にまとめた「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」では、医療機関が自主的に実施すべき緊急的な取組の1つとして、医療機関の状況に応じた医師の時短に向けた取組が挙げられ、その中で、
・ 勤務時間外に緊急でない患者の病状説明などの対応を行わない、
・ 当直明けの勤務負担を緩和する、
・ 勤務間インターバルや完全休日を設定する、
・ 複数主治医制を導入する
ことが求められています。
しかし、これを受けて、全国自治体病院協議会が今年2月末から3月末にかけて実施したアンケート調査では、検討会が求める医療機関の状況に応じた医師の時短への取組が「実施できない」と答えた病院は、全体の約48%(回答した246施設中119施設)を占めたそうで、同協議会は、取組を進める上での課題として、医師や看護師らの宿日直の許可基準の見直しのほか、応召義務と時間外労働規制との関係の整理などを挙げています。病院側としては、応召義務との関係を明確にしてもらわないと、安心して前へ進めないということかと思いますし、また、実際、そのとおりでしょう。