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弁護士ブログ「改正相続法施行⑤-2 配偶者居住権その2」甲斐野正行

2020.06.03

 前回に続いて配偶者居住権です。

 前回見ましたように、配偶者居住権は案外使えそうな制度ですが、これが認められるのは

①遺産分割によって配偶者が配偶者居住権を取得するものとされたとき
又は
②配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき
です(改正民法1028条1項、1029条)。
 
①の「遺産分割によって」というのは、
a法定相続人による遺産分割の協議(改正民法907条1項)
b家裁での遺産分割の調停・審判(同条2項)
c遺言による遺産分割方法の指定等(同法908条)
のいずれかで、配偶者が配偶者居住権を取得することと決められたときです。

また、②の「遺贈の目的とされたとき」とは、被相続人が、配偶者に配偶者居住権を取得させる旨の遺言をしていたときです。被相続人と配偶者が死因贈与契約をしていた場合も配偶者居住権が成立すると考えられます(民法554条)。

ただし、注意を要するのは、以下の点です。

1.自宅が第三者と被相続人との共有の場合
 配偶者居住権は成立しません(改正民法1028条1項)。共有者の第三者にとって負担が大きすぎるからです。

2.被相続人が死亡したときに、配偶者が自宅に居住していなかった場合
 配偶者が相続発生時に被相続人の所有する自宅に居住していたことが要件ですので(改正民法1028条1項)、居住していなかったときは配偶者居住権は成立しません。

 この居住要件については、配偶者が入院していたり、老人ホームに入っていた場合はどうなのか、というところがあります。

 この点について、税法上の「居住の用に供している家屋」についての取扱が参考になるでしょう。
 租税特別措置法第31条の3第2項は、以下のように規定しています。

「措置法第31条の3第2項に規定する「その居住の用に供している家屋」とは、その者が生活の拠点として利用している家屋(一時的な利用を目的とする家屋を除く。)をいい、これに該当するかどうかは、その者及び配偶者等(社会通念に照らしその者と同居することが通常であると認められる配偶者その他の者をいう。以下この項において同じ。)の日常生活の状況、その家屋への入居目的、その家屋の構造及び設備の状況その他の事情を総合勘案して判定する。この場合、この判定に当たっては、次の点に留意する。
(1) 転勤、転地療養等の事情のため、配偶者等と離れ単身で他に起居している場合であっても、当該事情が解消したときは当該配偶者等と起居を共にすることとなると認められるときは、当該配偶者等が居住の用に供している家屋は、その者にとっても、その居住のように供している家屋に該当する。
(注) これにより、その者が、その居住の用に供している家屋を2以上所有することとなる場合には、措置法令第20条の3第2項の規定により、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋のみが、措置法第31条の3第1項の規定の対象となる家屋に該当することに留意する。
(2) 次に掲げるような家屋は、その居住の用に供している家屋には該当しない。
イ 措置法第31条の3第1項の規定の適用を受けるためのみの目的で入居したと認められる家屋、その居住の用に供するための家屋の新築期間中だけの仮住まいである家屋その他一時的な目的で入居したと認められる家屋
(注) 譲渡した家屋に居住していた期間が短期間であっても、当該家屋への入居目的が一時的なものでない場合には、当該家屋は上記に掲げる家屋には該当しない。
ロ 主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で有する家屋」

 配偶者が単に病院に入院していたというようなときは、一時的なもので、生活の本拠が変わったわけではないでしょうから、居住要件は満たすと思われますが、老人ホームの場合は永続的で生活の本拠は老人ホームに移っている場合が多いでしょうから、今更自宅の居住権を取得させる必要はなく、居住要件を満たさず、配偶者居住権は成立しないと思われます。
 ただ、老人ホームとはいっても、一時的な場合など、事情によっては配偶者に自宅の居住権を認めるのが望ましいケースもあるのではないか、と思われ、これは今後の事例の積み重ねを待つことになるでしょう。

3.内縁関係の場合
 配偶者居住権は、あくまで法律上の夫婦の場合であり、内縁関係の場合は適用されません。
 ですから、遺言をする場合には、この点を気をつけて行う必要があり、自分亡き後の内縁の妻の居住を守ってやろうと思われるのなら、配偶者居住権の遺贈ではなく、端的に内縁の妻に対して自宅自体の遺贈をしたり、遺言ではなく、内縁の妻との間で、自宅について内縁の妻が死亡するまでとする使用貸借契約書を作成したりという配慮が必要でしょう。

4.遺贈で設定する場合
 配偶者居住権を遺贈で設定する場合は、遺贈であることが明確なように、「自宅の配偶者居住権を妻Aに遺贈する」というように遺言の記載の仕方に留意することが必要です。
 遺贈と似たものとして、「相続させる旨の遺言」というものがあり、例えば、「○○銀行の預金全部を妻Aに相続させる」という書き方をする場合です。今改正後は、「特定財産承継遺言」という呼ばれ方をしています。
 文言は似ているし、結果として、特定の財産の所有権等を移転させる効果を持つという点では似たようなものではあるのですが、法律上は区別されており、その違いは無視できないものがあります。
 「相続させる旨の遺言」はあくまで「相続」であり、法定相続人以外には使えませんし、特定の遺産を特定の相続人に『相続させる』趣旨の遺言は、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきであるとされ(最判平成3.4.19民集45.4.477)、相続人間でこの遺言と異なる遺産分割をすることはできず、その相続人が当該遺産を取得したくない場合は、相続放棄するしかなくなるのです。
 これに対し、特定遺贈は、相続ではなく、原則として単に特定の財産の譲渡ですから、法定相続人以外の者にも使えますし、受遺者である法定相続人がこれを取得したくなければ、相続放棄しなくても、遺贈だけを放棄すればよく、他の形での遺産分割方法による相続は可能なのです。
 そうすると、「相続させる旨の遺言」(特定財産承継遺言)によって配偶者居住権を与えるとされた場合にこれを有効とすると、配偶者は、相続全部を放棄するか、相続をしつつ配偶者居住権を取得するかという選択を迫られ、気の毒な場合も想定されるため、配偶者居住権は、遺産分割による以外は、「遺贈」によってのみ設定できることとされ、「相続させる旨の遺言」(特定財産承継遺言)では設定できないこととされたのです。

5.持戻し免除
 被相続人が、配偶者に対して配偶者居住権を遺贈していた場合は、遺産分割において、特別受益として持戻しがされることになりますが、婚姻期間が20年以上の夫婦の場合で、かつ、遺贈によって配偶者居住権を取得した場合、被相続人の持戻免除の意思表示があったものと推定されます(改正民法1028条3項、903条4項)。
 そうすると、配偶者居住権については、その設定に遺贈を利用した場合の方が配偶者が遺産分割全体の中で取得できる財産が多くなるといえます。

6.登記が必要
 配偶者居住権を第三者に対抗するには、登記が必要です。

7.配偶者と自宅所有者の権利義務関係
 配偶者が配偶者居住権を取得しても、自宅の所有権自体を取得したわけではないので、通常の借家人と同様、用法遵守義務・善管注意義務(改正民法1032条)があり、配偶者居住権の譲渡及び無断で第三者に使用収益させることの禁止、無断増改築の禁止(同条3項)があるほか、無償での居住であることから、自宅の修繕が必要な場合は、配偶者が修繕義務を負い(同法1033条1項)、通常の必要費(自宅の修繕費、固定資産税等を含む。)を負担することになります(同法1034条1項)。
 そして、配偶者がこれらの義務に違反した場合、自宅所有者が相当な期間を定めてその是正の催告をしたにもかかわらず、配偶者がこれに応じない場合、配偶者に対する意思表示により配偶者居住権を消滅させることができるものとされています(同法1032条4項)。
 
8.税務上のリスク
 前回ブログで税務的なメリットについて触れましたが、配偶者居住権の終了の仕方によっては、税務上のリスクがありますので、気をつける必要があります。
 下の②のように途中で終わる場合が問題で、事後的に自宅を(配偶者居住権の負担がない形で)処分しないといけない事情が出来した場合、自宅所有者に思わぬ税負担がかかることもあり得ます。

① 配偶者居住権消滅時の課税関係
 配偶者が死亡、又は、配偶者居住権存続期間(有期で設定の場合)満了により消滅した場合
   ⇒ 相続税・贈与税の課税関係は生じない

② 配偶者居住権の存続期間途中で合意解除、放棄等があった場合の課税関係
   ⇒ 自宅所有者に対して贈与税課税がされる
   (配偶者から居住権部分の贈与があったものとみなされる)

 次回も、もう少し配偶者居住権を見ていきます。